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「こころの旅」を読んで                     中村三郎

神谷美恵子(97.9.26 驚きもものき20世紀)
1914年生~1979年没。(旧姓前田,父は文部大臣経験)
 クエーカー教徒の言う「内なる光」を体験。医者として人につくす決意。
1957年,長島愛生園(1930年開園,現在650名)に渡り,精神科医として
働きながら,調査や著作活動。主著は「いきがいについて」「こころの旅」。
 ウィトゲンシュタインやスティーヴ・トゥールミンの影響。
人間は仮面を使い分けねば生きていけない生き物。技術と戦争に引き裂かれる。
優しさを消してまでも賢くなりたくない。賢さで優しさを犠牲にしてはいけない。
  ふつうの生活の中に考え → 正当化されていない仮定をそぎおとす。
  何を考えるか      → 何を実践すべきか。
人が互いに苦しめあっているのをみると心が痛みます。

人生への出発,人間らしさの獲得
 乳児にとってあたたかい乳房は「こころの栄養」。
女性の性への不満も乳児のほほえみで母親を自覚し自己の身体との融和が成立。
 母の応答の規則正しさと予測可能性が「基本的信頼感」を身につけさせる。
自分の置かれた世界が安心していられるところかどうかの根本的な印象である。
乳児期にこれができなかった人は「二回生れ」を要する人になるとエリクソン言。
 満足の実績で欲求不満の許容度が増すと母の不在を受け入れられるようになる。
母親はなくてはならない存在でありながら,子どもの成長の目的は「母がいなくても
大丈夫」になることだ。
 美に対する感情は「生命の余剰であり,ぜいたくな活動であり,あそびの一種に由
来する」。道徳的・宗教的感情さえ審美感の助けなくしては人間性を無視した方向へ
暴走し,高く美しいものたりえない。

三つ子の魂,ホモディスケンス
 第一反抗期。子どもは親のいうままに動くロボットにはなりたくないのだ。
自分のテンポと自分の様式で生きて行きたいのだ。このことを親はこの時期に初めて
思い知らされる。親になることとは,きびしい人生学校に入学するようなものだろう。
親とはそもそも人生でもっとも困難な事業を負った,弱い立場にある者だ。
 三歳児には自我の分化が見られる。
自分で自分の主張の非合理性に気づき,自分で自分を笑うことができる,というのは
大人にさえなかなかむつかしい「業績」である。こうした能力の芽が既にある。
 子どもが多少ともつらい社会化訓練をなめらかに有効に受け入れられるためには,
母の愛だけでなく,その背後に父親の存在が必要。両親の仲の良い関係も必要。
 素材としての人格形成が内部で遂げられていれば,一見弱虫だろうと多少手に負え
なかろうとIQが少し低かろうと許容範囲内であれば問題にはならない。
 新しい経験への欲求,自発性によって「独学能力」と「思考能力」を身につけるこ
とが一生のこころの旅を豊かにする最も大切な鍵である。
(学ぶ楽しみ・考える楽しみ)学齢期は一生の間でもっとも安定した時期の一つで,
心おどる「学びの旅」をなしうるときである。それは来たるべき嵐の前の静けさな
のかも知れない。

人間性の開花
 思春期の自己の「からだの飛躍」をどう受けとめるか。
青年の心は誇大的な自負心と極端な劣等感のあいだを振れ動きながらさまざまな活動
を始める。青年の多くは一時的に芸術家になる,「こころの飛躍」がある。
創造には想像力が不可欠である。知能だけでは創造はあり得ないことを考えればこの
時期の想像力の発達は大切である。
 青年期とは苦しい模索の季節でもある。思春期の課題は自己を確立することにある
が,現代日本のように教育年限が長引き,親への依存期が延長されることは青年の
こころをいらだたせ,ゆがめるおそれが多分にある。
「自分は何ものであるか,自分はどこにどう立ち,これからどういう役割と目標に向
かって歩いて行こうとするのか」を見極める時期。

人生本番の関所
 青年後期,職業の選択・恋愛・配偶者の選択など,人生本番への関所がずらりと並ぶ。
 難なく通り過ぎて映画フィルムを高速度でまわしたような者や悠々とかまえた者や,
不器用に試行錯誤を重ねて泥まみれになる者がいる。落伍者のようにみえた青年の中
から,のちにどれだけ個性ゆたかな人生を送る人やこころにせまる仕事をする人が生
れたことであろう。
 友情より一層,結婚では自己放棄が多く必要とされる。
愛というものが二人の現実の融和というテストで日々試めされる。
相手が求めるのでなく結婚というものが要求するのだ。二人の各々の「身のけずりかた」
が片寄り過ぎると持続は困難になる。配偶者えらびは「選択という冒険」だ。二人の
相互調整が進めば「過代償」はそれほど必要でなくなる。
完全無欠の配偶者が長つづきする相手とは限らない。過度の献身は相手の重荷。

はたらきざかり,人生の秋
 壮年期,「はたらきざかり」とは歴史と社会との関わり合いのなかで何らかの足跡を
残して行く時期。
一直線に己が道に進み入るとは限らない。社会的・時代的条件に妨げられたり,個人的
な事情や自身の迷いのためにまわり道することもある。
 この時期にも,結婚生活とはたえず破局に向かって遠心力が働くもので夫婦のたゆま
ざる求心的努力が必要。
 現代でも30歳代後半から40代始めというのは一つの危機といえる悩み多い時期。
家庭や職業への責任感と執着から来る様々な悩みや葛藤である。
少なくとも心理的に一度まったく孤独になってみて,今後の生き方について自問してみ
る必要があるのかも知れない。
 「老いの受容」は,貧困や挫折や病気の立場に身を置いたことの少ない人ほど苦渋に
みちているのかも知れない。
残された半生を「もう余計なことをしている暇はない。なるべく自分にとって本質的な
ことをやろう。」という思いで良い。むしろ過去を切り捨てられない不決断こそ,悔い
の多いぐちの多いものにしてしまうおそれがある。
 老いつつある自分を全体的に受容できた人には,「知恵」という徳が現れる。
若い人たちの人生に「執着のない関心」を持ち,彼らの参考になるものが自分にまだあ
るなら喜んでこれを提供するが,彼らの自主性を尊重し自分は自分で命あるかぎり自分
にできることなすべきことを新しい生き方の中でやっていく境地。

病について,旅の終わり
 戦前,結核で病んで亡くなった少女の手紙からの引用。「このごろは『明日のことは
思い煩うな』の言葉に従って朗らかな気持ちを持って一日を感謝しつつ送るように努め
ております。闘病とか抗病とかいうのでなく,たゆとう小舟に身をまかせるというのが
私がとるべき道だということに気づいてまいりました…。」
小児のように周囲の者に多くを要求してまったく依存的になったり,自分の病気は他人
のせいと言わんばかりに攻撃的になる病人もある。そうかと思うと全くストイックに不
自然に極端に耐えてしまう病人もある。
 ただ同じ人間の条件にある仲間としてそっと見守ってあげることしか出来ないように
思われるが,そういう態度をする人が周囲にただいるだけで病める人は愛というものを
発見する。
 人は生かされてきて,ある大きなものの配慮の中にあることに気づき,深い安らぎを
おぼえることであろう。人間もまた大自然の中に「生かされている」のだ。
安らかな老いに到達した人の姿は,あとから来る世代を励ます力を持っている。
穏やかなほほえみを浮かべ,ぐちも言わず,錯乱もしない。有用性よりも「存在の仕方」
そのものによってまわりの人々を喜ばすところが幼児と共通している。
 人は生きているあいだに様々な人と出会い,互いに喜びを分かち合い,あとから来る
者にこれを伝えて行くように出来ているのではなかろうか。このことこそ真の愛という
ものだと思う。